メンバーは付いて行けずに去って行く。又ファンも余りの変化に戸惑いを隠せなかった。

それでもカルロスは自分の拠り所を求めてさまよう。そんなカルロスに手を差しのべたのは、ジャズギタリストのジョン・マクラグリンであった。秋葉原の出会い

秋葉原 出会い

いち早くインドのヒンズー教に傾倒していたジョンを兄としたい、伝道師のスリ・チンモイと出逢う。

そこで感化されたカルロスはジョンとのコラボレーションアルバム、愛、献身、降伏(日本タイトル、魂の兄弟達)を制作する。秋葉原の出会い

ジャケットの写真は髪を短く切り、衣装を白一色に統一した二人であった。

サウンドは更に難解になり、もはやジャズであった。当然レコードセールスは芳しく無くレコード会社はカルロスに売れるアルバムを造れ!と圧力をかける。秋葉原の出会い

しかし自分の生きる道標を見つけたカルロスの信念は変わらず、ジャズミュージシャン、ジョン・コルトレーンの奥様アリス・コルトレーンとのコラボレーションアルバムまで発表するに至る。

この方向性は大ヒットした、哀愁のヨーロッパまで続く。

続く..秋葉原の出会い
愛、献身、降伏️.1 』
僕の大好きなギタリストにラテン・ロックのカルロス・サンタナがいる。

彼はグループ、サンタナ・ブルース・バンドを結成するも世はエリック・クラプトンやマイク・ブルームフィールドが名を轟かせた時代。

テクニックでひけを取るカルロスはラテンパーカッションをメインにグループ名もサンタナと改名して活動する。

そのサンタナを一躍有名にしたのが
1969年N.Y近郊で開催されたウッドストック・フェスティバルへの出演である。

初めてそのサウンドに触れた40万人の観客は度肝を打たれ、レコード屋に行くがアルバムが無い。そうまだレコードデビューをしていなかった。秋葉原の出会い

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